「小牧・長久手の戦い」の関連史跡:楽田城

史跡
楽田城跡

① 楽田城

楽田城が建てられた正確な時期はわかっていませんが、十六世紀前半、尾張守護代・織田久長によって築城されたといわれます。

織田信長の一族である織田信清が犬山城主として勢力を拡大すると、永禄初年に楽田城は信清に攻略され、信清の出城となりました。
永禄8年(1565)に犬山城が織田信長によって攻略された後は、家臣の坂井政尚(さかいまさひさ)が楽田城主になったようです。

天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは、小牧山城を本陣とした徳川家康織田信雄軍に対抗して、羽柴秀吉軍は楽田城を改修し、本陣として使いました。

江戸時代の記録によれば、楽田城の中心部は南北が54間(約98メートル)、東西が40間(約73メートル)で、周りは二重の堀と土塁で囲まれていました。堀の幅は最大22間(約40メートル)、土塁の高さは最高で4間(約7.2メートル)ありました。
城の中心部は現在、楽田小学校の敷地となっています。

アクセス

住所:
 愛知県犬山市城山48

クルマ🚙
 名神高速 小牧IC、名古屋高速 小牧北IC より約6.9km
 
電車🚉
 名鉄小牧線 楽田駅 より約300m

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