2023-05

徳川家康

徳川家康25 関ヶ原に向けて・・・上杉討伐と石田三成の挙兵

慶長五年(1600)徳川家康は五大老の一人であった上杉景勝に謀叛の嫌疑を掛け討伐に乗り出します。さらにその隙を狙って石田三成も挙兵。天下分け目の関ケ原の戦いへと向かっていく上杉討伐の経緯と石田三成の挙兵について解説しています。
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徳川家康26 小山評定から関ヶ原へ

家康が会津の上杉征伐へ向かう中、石田三成が挙兵します。小山評定で、諸将は三成との決戦を決めます。福島正則や池田輝政は岐阜城を落とし、家康も合流し、東軍は関ヶ原に向かいます。小山評定から関ヶ原に至る過程を解説しています。
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徳川家康27 関ヶ原後の諸大名の処遇と徳川体制への布石

関ヶ原の合戦に大勝した家康は戦後処理を進めます。西軍の主要メンバーは戦死した大谷吉継を除き、市中引き回しの上処刑。東軍の主力であった豊臣大名は大幅な加増となりますが、地方へと転封となります。家康が自らの体制を築いていく過程を解説しています。
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徳川家康28 全国統治への布石と征夷大将軍就任

家康は慶長八年(1603)ついに征夷大将軍に就任します。そして慶長十年将軍職を秀忠に譲り、徳川氏が将軍として政権を世襲することを天下に知らしめました。家康が行った全国統治へ向けた諸政策、家康と豊臣秀頼との関係を解説しています。