徳川家康 徳川家康 信長亡き後、家康の行動は?・・・天正壬午の乱 本能寺の変を受け、甲斐・信濃・上野にも動揺が広がります。北条氏や上杉氏が旧武田領に触手を伸ばし、家康も信濃に進出し天正壬午の乱が始まります。織田家の要請を受けて和睦しますが、乱の発生経緯から終結まで各地の情勢を交えながら触れています。 徳川家康
徳川家康 徳川家康 天正壬午の乱後の五カ国領有と領国化 天正壬午の乱のあと、徳川家康は5ヵ国を領有する大名となります。従来の三河国・遠江国・駿河国に加え、新たに組み込まれた甲斐国・信濃国で、武田旧臣などの在地勢力とどのように関わり、統地をどのように進めていったのかについて触れています。 徳川家康
徳川家康 徳川家康 信長亡き後、羽柴秀吉は如何に織田家の主導権を握ったか? そして、その時家康は? 信長亡き後、後継を巡る主導権争いが起こります。信忠嫡男・三法師、信長次男・信雄、信長三男・信孝に羽柴秀吉、柴田勝家など宿老の思惑も絡んだ争いとなり、最後は秀吉が勝利します。信長亡き後の織田家での権力争いを解説しています。 徳川家康
徳川家康 徳川家康 小牧・長久手の戦いと秀吉天下人への過程とは? 織田信雄は親秀吉派家臣を粛清し、秀吉と断交します。家康も織田家親戚大名として信雄を支持。一方、秀吉はこの行為を敵対行為とみなし両軍は戦いへ(小牧・長久手の戦い)。圧倒的兵力の差から秀吉が勝利。戦いの状況、秀吉の天下人への過程を説明しています。 徳川家康