極楽寺 織田信長本陣跡




設楽原着陣
織田信長は、天正3年5月14日(1575年6月22日)、熱田神宮で戦勝祈願をした後(桶狭間合戦でも戦勝祈願をしています)、翌5月15日に徳川家康の居城・岡崎城に入り、長篠城の武田軍包囲網を抜け出した鳥居強右衛門(とりいすねえもん)の救援要請を聞くと、5月18日にの設楽原に着陣します。 ▶熱田神宮



◆鳥居強右衛門についてはこちらから

「長篠の戦い」の関連史跡:鳥居強右衛門磔の地
天正3年5月、長篠城は武田勝頼に取り囲まれ窮地に陥ります。その時、鳥居強右衛門が徳川氏への救援要請に志願。承諾を得て城に戻る途中、武田の兵に捕まります。嘘をつくことを拒否して磔となった強右衛門のエピソードと磔の碑について触れています。
◆鳥居強右衛門の墓についてはこちらから

「長篠の戦い」の関連史跡:鳥居強右衛門磔の墓
天正3年武田勢に長篠城が包囲されると、鳥居強右衛門は城を脱出して徳川家康に援軍を求めた。しかし、武田軍に捕まり嘘を強要されますが、援軍が来ることを伝え、その場で磔に処せられたといいいます。新昌寺の強右衛門の墓を写真とともに触れています。
鳶が巣砦 急襲作戦
決戦を前にした5月20日夜の軍議で、徳川家康重臣の酒井忠次が鳶ヶ巣砦への奇襲を進言した場所もこの極楽寺にあった本陣です。
軍議の最中には提案を却下しますが、後に酒井忠次を密かに呼んで、鳶ヶ巣砦への攻撃を命じたともいわれています。
▶鳶ヶ巣山砦跡

軍議の内容が武田軍に漏洩しないようにしたと考えられています。その後、自らは、茶臼山に本陣を構えています。
平井神社
織田信長本陣近くの平井神社



アクセス
住所:愛知県新城市上平井
クルマ🚙
新東名高速道路 新城ICから約4.5km
電車🚉
JR飯田線 東新町駅から徒歩15分


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