「桶狭間の戦い」の関連史跡:丸根砦

史跡
丸根砦(名古屋市緑区)

③ 丸根砦

大高城への対抗として

永禄2年(1559)、織田信長が今川方の最前線の大高城への対抗、今川方に下った山口教継鳴海城との連絡遮断を目的として、鷲津砦とともに整備しました。

場所は、鷲津砦の東南400メートル、大高城からは東に約800メートルに位置します。
鳴海から延びた丘陵の先端に築かれ、東西36メートル、南北28メートルの砦の周囲を、幅3.6メートルの外堀が囲んでいます。

桶狭間の戦い

永禄3年5月19日(1560年6月12日)、桶狭間の戦いの前哨戦が行われます。
松平元康が率いる軍勢の攻撃により、佐久間盛重を守将とする織田勢が全滅したといわれます。
その後、徳川家康と織田信長は同盟関係になったため存在意義を失い、そのまま放棄されました。

現在の丸根砦

アクセス

住所:愛知県名古屋市緑区大高町丸根
最寄駅:東海道本線 大高駅
    大高駅から徒歩15分 (大高駅から徒歩圏内です)
クルマ:知多半島道路 大高ICから6分
    駐車場はありません
    (大高駅周辺の駐車場に止めてから徒歩で向かわれることをお勧めします)
見学時間:15分

私は大高駅から大高城、鷲津砦と一緒に徒歩で向かいました。
大高駅方面から師崎街道を左に曲がると急な坂道になります。
大高駅 ー10分→ 大高城 ー15分→ 丸根砦 ー15分→ 鷲津砦 ー8分→ 大高駅 と徒歩で回りました。

位置関係が把握でき、少し当時の情景を思い浮かべることができます。(2022年12月訪問)

◆大高城については、こちらもご覧ください。

「桶狭間の戦い」の関連史跡:大高城
織田勢に対する今川方の最前線の位置にあった大高城。信長は丸根、鷲津砦を築き大高城を牽制します。桶狭間の前夜(諸説あり)、徳川家康は大高城に兵糧を入れ、翌朝丸根砦を落とします。今川VS織田の最前線となった大高城をご紹介しています。

◆鷲津砦については、こちらもご覧ください。

「桶狭間の戦い」の関連史跡:鷲津砦
織田信長が今川勢の大高城への最前線の拠点として丸根砦とともに築いた砦です。桶狭間の戦いの前哨戦として、朝比奈泰朝によって門扉や営柵に火が放たれ、守将・飯尾定宗らは死傷しました。桶狭間の戦いの前哨戦が行われた鷲津砦をご紹介しています。

◆鳴海城については、こちらもご覧ください。

「桶狭間の戦い」の関連史跡:鳴海城
鳴海城は桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討たれた後も、城将・岡部元信は抵抗し続けたことで有名です。そして、元信は主君・今川義元の首と引き換えに開城します。そのような歴史の舞台となった鳴海城の今をご紹介しています。

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