「小牧・長久手の戦い」の関連史跡:岩作城

史跡

⑦ 岩作城(やざこじょう)

岩作城は室町時代前半(14世紀後半)に築城されたとされています。
城と言っても石垣や天守があったのではなく、この地域の有力者・今井氏の居館周辺に堀と土塁を巡らせた、館城というタイプのものだったと思われています。

城主の今井氏は天正十二年(1582年)年の小牧・長久手の合戦で徳川方に加わります。
岡崎奇襲を目的とした、羽柴秀吉方の池田恒興隊による岩崎城攻撃に対して、防衛隊として参戦し討ち死にしています。
岩作城はその時落城しましたが、落城後も居館としての形態は保たれていたようです。

岩作城跡は、現在の長久手市役所がある場所となります。
市役所の南東側の信号のところに石碑があります。

アクセス

住所:
 長久手市岩作城の内60番地1(長久手市役所)

クルマ🚙
 名古屋瀬戸道路 長久手IC より約2.1km
 
電車🚉
 愛知高速交通東部丘陵線 長久手古戦場駅 より約1.4Km

関連スポット

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「小牧・長久手の戦い」の関連史跡:岩崎城
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「小牧・長久手の戦い」の関連史跡めぐり
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