「小牧・長久手の戦い」の関連史跡:小幡城

史跡

⑤ 小幡城

大永2年(1522年)岩倉織田氏の家臣岡田重篤が築城したと言われます

天文4年(1535年)松平清康家康の祖父)が尾張に侵攻する際、この守山で家臣の阿部弥七郎の暗殺された(守山崩れ)。
この事件後、小幡城は、織田信秀の弟・織田信光が城主となります。しかし、信光が不慮の死を遂げ、小幡城は一時廃城となります。

天正12年(1584年)小牧・長久手の戦いにおいて、徳川家康は三河との連絡路を保つため、この城を修築し本多広孝に守備させました。
家康は長久手の戦いで池田恒興森長可率いる豊臣方の別働隊を破った後、小幡城に入城します。
その後、別働隊の救援のために豊臣秀吉の本体が龍泉寺に駆け付けますが、その時、家康は小牧山城の本陣に戻った後でした。
豊臣方は小幡城を徹底的に焼き払ったといわれ、小幡城は再び廃城となりました。

アクセス

住所:
 愛知県名古屋市守山区西城2丁目16

クルマ🚙
 名古屋第2環状自動車道 小幡IC より約5.2km
 
電車🚉
 名鉄瀬戸線 小幡駅 より約1.3Km

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