⑥ 岩崎城
岩崎城は室町時代末に築かれたとされています。
この地「岩崎」は、尾張、三河間を往来する街道の要衝地であり、享禄2年(1529年)に織田信長の父である信秀の属将荒川頼宗(あらかわよりむね)が守っていましたが、松平清康(徳川家康の祖父)方に奪われます。
後に、丹羽氏清が同城に移り住み、以後、丹羽氏が4代にわたって岩崎城主となっています。

天正12年(1584年)の豊臣秀吉と徳川家康が戦った小牧・長久手の戦いでは、丹羽氏は徳川方に属し、長久手の戦いの緒戦となった岩崎城の戦いの舞台となりました。
後方撹乱を狙った豊臣方の池田恒興隊を阻止して、城代丹羽氏重(にわうじしげ)以下300余名が討ち死にしたことが伝えられます。この戦功が徳川氏に認められていきました。
昭和62年(1987年)本丸跡に五重構造の模擬天守が建てられ、「岩崎城址公園」として整備されました。園内の「岩埼城歴史記念館」では岩崎城の歴史、日進市の歴史や文化遺産、出土品などが展示されています。






アクセス
住所:
愛知県日進市岩崎町市場67
クルマ🚙
名古屋高速 高針IC より約6.1km
電車🚉
名古屋市営地下鉄 鶴舞線、名鉄 豊田線 赤池駅 より約4.4Km
営業時間
9:00~17:00(入館は16:30まで)
定休日
月曜日(祝日の場合は開館)
毎年12月28日~1月4日
料金
無料
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