⑨ 徳川家康本陣跡
「高松山・八剣高松山、弾正山」などと呼ばれ、連吾川から西に300m離れたこの地に本陣を構えたと伝えられています。
徳川家康と佐久間信盛が最前線に陣を構え、その背後に羽柴秀吉、織田信長(本陣)、岡崎信康(家康の長男)、織田信忠という陣構えとなりました。

対峙する武田軍は前線に武田四天王の馬場信房(ばばのぶふさ)、内藤昌豊(ないとうまさとよ)、山県昌景(やまがたまさかげ)が布陣し、その背後に武田勝頼が本陣を置いています。
👉連吾川には2kmにわたり馬防柵が設けられ、さらに弾正山背後の大宮川にも一重柵(馬防柵)が設けられていたので、まさに家康は背水の陣だったことがよくわかります。
👉家康家臣で「鬼作左」と恐れられた本多作左衛門重次が「一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな、馬肥やせ」(原文は一筆申す 火の用心 お仙痩さすな 馬肥やせ かしく)と記したのはこの陣中。
お仙とは嫡男・仙千代で、後に丸岡初代藩主となる本多成重のことです。
👉250m東へ行った所には、家康が陣頭指揮をした「家康物見塚」と呼ばれる所がありますので、ぜひそちらも一緒に見学してみてください。




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アクセス
住所:愛知県新城市竹広(八剱神社)
クルマ🚙
新東名高速道路新城ICから約2km
電車🚉
JR飯田線三河東郷駅から1.1Km



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