⑩ 武蔵塚
天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いで、羽柴軍の武将・森長可(もりながよし)が討死したといわれる場所です。
先鋒の池田恒興が岩崎城を落としますが、後ろから攻め寄せる徳川家康の攻撃を受け、そのまま長久手合戦が起こります。その合戦で長可が亡くなった場所といわれるのが武蔵塚です。
▶岩崎城(愛知県日進市)

武蔵塚の名前の由来については、長可は武蔵守(むさしのかみ)という官位を授かっていたので、その官位から付いた名前だといわれています。




アクセス
住所:
愛知県長久手市武蔵塚905
クルマ🚙
名古屋瀬戸道路 長久手IC より約2.1km
電車🚉
愛知高速交通東部丘陵線 長久手古戦場駅 より約500m
関連スポット
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「小牧・長久手の戦い」の関連史跡:岩崎城
岩崎は、尾張、三河を結ぶ街道の要衝で、天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは、岩崎城の戦いの舞台になりました。城代丹羽氏重は池田恒興隊を阻止しますが。300余名が討ち死にしました。戦いの舞台となった岩崎城を紹介しています。
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「小牧・長久手の戦い」の関連史跡:長久手古戦場
池田恒興、森長可に徳川軍出現の報が伝わると、両将は引き返し徳川軍と激突します。戦況は一進一退でしたが森長可が狙撃されると徳川軍優勢となり、池田恒興も討死するなど池田・森勢は壊滅。徳川軍の勝利に終わった長久手の戦いを説明しています。
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「小牧・長久手の戦い」の関連史跡めぐり
小牧・長久手の戦いは、天正12年(1584)3月~11月の間の徳川家康・織田信雄連合軍と豊臣秀吉の戦いです。450年前の出来事ですが、戦いの史跡が多く残っています。秀吉が天下人になる決定的な戦いの史跡、訪問ルートを紹介しています。



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