「長篠の戦い」の関連史跡:織田信忠本陣跡

史跡

⑤ 織田信忠本陣跡

天正3年(1575年)5月21日の長篠設楽原の戦いのとき、織田信忠は野邊神社に陣所を置きます。
信長が戦地本陣を置いた茶臼山の南側、弟の家康の嫡男・岡崎信康本陣地跡の後方に位置します。

代々をへん 松風さゆる 宮居哉  中将
設楽原決戦のとき、織田信忠はこの句を当社殿の羽目板に書き必勝を期した。 7年後に 設楽貞通 が社殿を再建した時これを棟札にしたという

信忠はこの時、19歳。
この後、岩村城や甲斐を攻め、武田家を滅ぼして織田家当主として磐石の地位を築いていきますが、本能寺の変で二条城に籠城し自害することになります。

         ▶岩村城(岐阜県恵那市)

◆「織田信長戦地本陣跡」については、こちらもご覧ください。

「長篠の戦い」の関連史跡:茶臼山 織田信長本陣跡
天正3年(1575年)5月20日。織田信長は設楽原の戦いに備え、最初の本陣(極楽寺跡)で軍議を開いた後、茶臼山に本陣を移し、織田・徳川連合軍の指揮をとりました。新東名長篠設楽原下りPAからも行ける本陣跡を写真とともに触れています。

アクセス

住所:愛知県新城市富永字西田25

クルマ🚙
 新東名高速道路「新城IC」から約10分
電車🚉
 JR飯田線「茶臼山駅」下車、徒歩約15分

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