⑥ 長久手古戦場首塚
長久手古戦場首塚は、小牧・長久手の戦いの後、戦死者を供養する目的で建立された塚になります。
この戦いで勝利した徳川家康は、戦場処理を行なわず小牧山へ引上げてしまった為、
戦死した将兵たちは敵味方の区別なく放置されていたといいます。
その惨状に心を痛めた岩作村安昌寺の雲山和尚と地元民が中心となり、遺体を集めて首塚を築いたと伝えられています。

塚の上には宝永3年(1706年)と明治43年(1910年)に建立された碑があり、それぞれ異なる時代の地元有志によって刻銘されています。
長久手合戦での戦死者は2,500~3,000人と言われております。


アクセス
住所:
愛知県長久手市岩作元門42
クルマ🚙
名古屋瀬戸道路 長久手IC より約2.2km
電車🚉
愛知高速交通東部丘陵線 長久手古戦場駅 より約1.5Km
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