④ 久保山砦
天正12年(1584年)小牧・長久手合戦において羽柴秀吉方の砦として築かれました。
熊野神社一帯が砦跡で、東西八間(約14.4m)、南北十間(約18m)の規模であったといわれます。守将は丹羽五郎左衛門長秀とも、蜂屋出羽守頼隆・金森長近ともいわれます。

また長久手合戦の後は、秀吉が本陣の楽田城からこの砦に来てこの砦で指揮したとも伝えられ、太閤山とも呼ばれています。
参照:現地看板より






アクセス
住所:
愛知県小牧市久保一色227
クルマ🚙
名神高速 小牧IC、名古屋高速 小牧北IC より約5.5km
電車🚉
名鉄小牧線 田県神社駅 より約850m
関連スポット
◆「楽田城」については、こちらもご参照ください。

「小牧・長久手の戦い」の関連史跡:楽田城
楽田城は十六世紀前半尾張守護代・織田久長の築城といわれます。天正12年(1584)小牧・長久手の戦いでは、小牧山城を本陣とした徳川・織田軍に対して、羽柴秀吉は楽田城を本陣としました。秀吉の本陣・楽田城を紹介しています。
◆「小牧・長久手の戦い」の関連史跡を巡るコースもご紹介しています。
こちらも合わせてご参照ください。

「小牧・長久手の戦い」の関連史跡めぐり
小牧・長久手の戦いは、天正12年(1584)3月~11月の間の徳川家康・織田信雄連合軍と豊臣秀吉の戦いです。450年前の出来事ですが、戦いの史跡が多く残っています。秀吉が天下人になる決定的な戦いの史跡、訪問ルートを紹介しています。



コメント