「桶狭間の戦い」の関連史跡:鳴海城

史跡

⑧ 鳴海城

沿革

室町時代の応永年間(1394~1428年)に足利義満の配下であった安原宗範によって築かれた。

戦国時代の天文年間(1532~1555年)には尾張国の織田信秀の支配下にあり、配下である山口教継が駿河国の今川義元に備えるべく城主を務めていた。
しかし信秀が没すると、息子の信長を見限った教継は今川氏に城ごと寝返った。その後、教継は息子の山口教吉に鳴海城を任せました。

桶狭間の戦い

桶狭間の戦い」の際に、鳴海城は今川義元の家臣・岡部元信が城主を務め、今川氏の重要拠点になっていた城でした。当時は海に面した城で、満潮時には城のすぐ下まで潮に浸かったといわれています。
「桶狭間の戦い」で義元が敗れたため、元信は、義元の首級と引き換えに城を明け渡し、その後は佐久間信盛・信栄父子が城主を務めましたが、天正末期には廃城になったようです。

現在、城址は鳴海城跡公園となり遺構は残っていませんが、周辺より高台となっており、要害であったことを偲ばせています。

現在の鳴海城

アクセス

住所:愛知県名古屋市緑区鳴海町城3
最寄駅:名鉄名古屋本線 鳴海駅
    鳴海駅から徒歩5分(鳴海駅から徒歩圏内)
クルマ:知多半島道路 大高ICから10分
    駐車場はありません。近隣の駐車場をご利用ください。
見学時間:10分

私は鳴海駅から中島砦、善照寺砦、丹下砦と一緒に徒歩で向かいました。

鳴海駅   ー徒歩5分→ 
①中島砦  ー徒歩12分→ 
②善照寺砦 ー徒歩20分→ 
③丹下砦  ー徒歩10分→ 
④鳴海城  ー徒歩5分→ 鳴海駅 
と徒歩で回りました。

鳴海城と取り囲む砦の位置関係を確認しながら訪問するといいと思います。(2022年12月訪問)

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