沿革
永禄2年(1559)、織田信長が今川方の最前線の大高城への対抗、今川方に下った山口教継の鳴海城との連絡遮断を目的として、丸根砦とともに整備しました。場所は、丸根砦の北北西600メートル、大高城の北東約700メートルに位置します。
約37メートル四方の曲輪に東西約30メートル、南北約16メートルの曲輪が幅約3メートルの堀に囲まれて南北に並んでいたといわれます。
永禄3年5月19日(1560年6月12日)、桶狭間の戦いの前哨戦が行われます。
早暁、今川方の重臣であった朝比奈泰朝率いる2,000人の軍勢が攻撃を開始、門扉や営柵に火が放たれて激戦となり、立てこもっていた守将・飯尾定宗らはことごとく死傷、残兵も清洲方面へ敗走し、午前10時頃までには陥落したといいます。
現在の鷲津砦
アクセス
住所:〒459-8001愛知県名古屋市緑区大高町鷲津
最寄駅:東海道本線 大高駅
大高駅から徒歩8分 (大高駅から徒歩圏内です)
クルマ:駐車場はありません(大高駅周辺の駐車場に止めてから徒歩で向かわれることを
お勧めします)。
見学時間:15分
私は大高駅から大高城、丸根砦と一緒に徒歩で向かいました。
大高駅 ー10分→ 大高城 ー15分→ 丸根砦 ー15分→ 鷲津砦 ー8分→ 大高駅 と徒歩で回りました。
位置関係が把握でき、少し当時の情景を思い浮かべることができます。
(2022年12月訪問)
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